2011年10月04日

公務員宿舎凍結の問題と有益な議論の不存在

民主党は自分の決断を覆しまたポピュリズムに迎合した。公務員宿舎の問題は確かに増税、被災地復興の必要性からは確かに分からないでもないが、本当に公務員宿舎を建設しないことが本当に良い問題なのであろうか。

公務員を優遇し過ぎだという。確かに問題のある公務員の層がいることを私も否定しない。
しかしながら、少なくとも公務員といっても多くの役職、業務の種類があり、我々の生活に欠かせない業務や国の政策に必要不可欠な部署も多く存在する。公務員をたたけば必ず財源が捻出されるわけではない。むしろ、無駄な財源をかけずに効率のよい政策を提案・実行したものをよりよい官舎や人事で反映していくような全く違った議論はなぜ起こらないのか。また、規模を縮小して建設するという案は議論されないのか。さらには、いったん凍結した場合の業者から国への損害賠償請求はどうのなるのか。議論すべきことは山ほどあるのと思われる。
もういい加減、一般論だけを述べて個別の分析が全くなされていない一刀両断型の議論は何も解決しないことに気が付いたらどうなのか。

一方で、国会議員や地方自治体の議員は、その働きに対し、どれだけ優遇されているのであろうか。寧ろこちらの方が、極めて無能なかつ自己保身的な人材が多く大きな問題であるように思われるにもかかわらず、議論は遅々として進まない。

少なくとも私の知っている官僚や自治体の職員は、涙ぐましいくらいの努力をしている。ただ単に批判するだけなら馬鹿でもできる。排除すべきは役に立たない公務員のみであるはずであり、もう少し分析的に議論をしなければならない。また、批判している方の多くは、自分たちへの負担や利益にならないだけの感情論になっている。このような感情論を述べる方に本当に公務員宿舎を新設せずに、古い官舎を維持した場合のコストを比べた方はどれだけいるだろうか。

感情論もよいがそろそろ冷静にこの国をどうしたいのか国民1人1人が考えるべきだと思う。政府に頼ってばかりではなく、1人1人が国(なお、ここでいう国は政府ではなく、我々が暮らす日本という大きな社会をとらえている。)を支えるような意識を持って行動すべきである。我々は、これがどこまでているか。かつて福澤諭吉も国を支えて国を頼らずと独立自尊のを説いたが、その当時と今の国民でどれだけ進歩したのか。本当に一人一人が反省しなければならないと感じる。

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posted by NAY at 15:11| 日記