2011年01月20日

まねきTV事件 最高裁判決

まねきTV事件を巡っては様々な媒体で議論されおり、私も判決をざっとですが見てみました。
厳密な評価はまだまだこれからいろいろな議論を見守っていきたいと思いますが、取り急ぎ感想まで。

最高裁は、「
自動公衆送信は,公衆送信の一態様であり(同項9号の4),公衆送信は,送信の主体からみて公衆によって直接受信されることを目的とする送信をいう(同項7号の2)ところ,著作権法が送信可能化を規制の対象となる行為として規定した趣旨,目的は,公衆送信のうち,公衆からの求めに応じ自動的に行う送信(後に自動公衆送信として定義規定が置かれたもの)が既に規制の対象とされていた状況の下で,現に自動公衆送信が行われるに至る前の準備段階の行為を規制することにある。このことからすれば,公衆の用に供されている電気通信回線に接続することにより,当該装置に入力される情報を受信者からの求めに応じ自動的に送信する機能を有する装置は,これがあらこれがあらかじめ設定された単一の機器宛てに送信する機能しか有しない場合であっても,当該装置を用いて行われる送信が自動公衆送信であるといえるときは,自動公衆送信装置に当たるというべきである。」
「そして,自動公衆送信が,当該装置に入力される情報を受信者からの求めに応じ自動的に送信する機能を有する装置の使用を前提としていることに鑑みると,その主体は,当該装置が受信者からの求めに応じ情報を自動的に送信することができる状態を作り出す行為を行う者と解するのが相当であり,当該装置が公衆の用に供されている電気通信回線に接続しており,これに継続的に情報が入力されている場合には,当該装置に情報を入力する者が送信の主体であると解するのが相当である。」と判断し、今回の事例において送信可能化、公衆送信に該当するとの評価をしている。

判決文はこちら

個人的には、送信可能化権は、準備行為の規制の趣旨があるにしても、単一の機器宛に送信する機能しか有しないという点は非常に大きな問題であると思われ、今回の結論を導くには別の理論構成があったのではないかと思います。自動公衆装置といえるかについて、「当該装置を用いて行われる送信が自動公衆送信であるときは」としているにもかかわらず、「公衆」の求めに応じてを先に考えずに、主体の議論を先に持ち込んで、「主体」を判断してから、「公衆」性を判断しているのがどうもしっくりきません。もう少し、今回の最高裁の評価について、今後の議論を踏まえてハウジングサービスやクラウドサービスへの影響なども検討したいと思います。

ところで、今回の判決とは直接的には関係ないのですが、永野商店がやれなくなったとしても、海外でオンデマンドでTVを見るサービスについては、これから日本人が海外市場にどんどん出ていかなければならない時世において、TV局がその社会的責任として、海外の日本人に、日本の情報を提供するインフラの整備をしていく責任はあると思います。ユーザーの視点に立ったコンテンツの運用にも今回の事件を契機に考えてもらいたいと思います。

ご相談、顧問弁護士のご依頼、お問い合わせはこちら
naylaw16をフォローしましょう  

posted by NAY at 16:03| 電子商取引/IT/コンテンツ